黒田博樹は本当に偉大な投手です。
カープでの苦しい下積み時代を経てエースへと育ち、メジャーリーグへ挑戦する際には広島市民球場に押し寄せたファンが15番のボードを掲げやめないでと訴えたことで1年残留したりと、本当男の中の男という人です。
2014年の広島土砂災害の時もシーズンが終わった瞬間メジャーから現地にかけつけるなど男女問わずファンを熱くさせてくれる素晴らしいピッチャーです。
そんな黒田博樹の両親はいったいどんな人物なのでしょう?
黒田の両親
黒田一博
生年月日・・・1924年9月13日
没年月日・・・2007年8月17日(満82歳没)
出身・・・長崎県
身長/体重(参考)・・・176センチ/73キロ
職業・・・元プロ野球選手で外野とショート以外の内野を守った
南海ホークス、高橋ユニオンズ、トンボユニオンズ、大映スターズで活躍
背番号・・・8(1949~1953)、25(1954~1955)、6(1956)
成績(プロ通算8年)
777試合、578安打、32本、247打点、盗塁35、打率.246
実は父・一博さんは元プロ野球選手で博樹投手とは違う野手だったんです。
黒田博樹投手は1975年生まれなので一博さんが51歳の時に生まれたことになりますね!
軍役生活が終わるとプロ野球選手として活躍されています!南海ホークスでは1951年から主に6番センターで3年連続リーグ優勝に貢献されます。
1954年に引退し2007年に肺がんの為お亡くなりになってます。
お父さんは高校時代の野球部監督を務めて黒田投手が大学で150キロに到達するという素晴らしい身体作りを担当しながらも優しい方だったようで、実はメジャー渡米を1年見送った理由もお父さんの病院にお見舞いに通いたかったという話もあります。
一方お母さんの靖子さんは学生時代かなり厳しく黒田投手を育てたらしいです。
母・靖子さんは元体育教師だったという事やオリンピックの砲丸投げ最終選考に残るなど両親揃ってプロ級のスポーツをやっていたので黒田投手も見事に受け継いだという形なのかもしれません。
一博さんは野手だったのに博樹投手はピッチャーの理由は靖子さんの血が強いのかもしれないですね。また、靖子さんはかなりのスパルタ教育だったらしく、ハードな練習が終わった黒田投手を再び学校へ戻すよう声をあらげるなど厳しい教育方針だったようですね。
時には早朝から夜中までフェンス越しにランニングさせていて倒れることもあったようです。
しかしながら黒田博樹もプロ野球も門をくぐり、2002年に靖子さんをガンで亡くし、父・一博さんと同じくガンで両親を亡くしてしまい、とてもショックを受けたそうです。
両親をガンで失ってしまったことからガンの研究や啓発を行う活動に多額の寄付をするなど、本当に親思いで感謝の心を正直に表現する人間だなと感じます。
両親について一言
両親がスポーツのトップアスリートなので今の黒田博樹があるのも分かるんですが壮絶な学生時代があったんだなという気持ちが強いですね。
そして父・一博さんもプロ野球選手だということは知る人ぞ知る情報だと思うのでこの記事で少しでも多くの人が知ってくれたら嬉しいと思います。
そして一博さん、靖子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。