2013年に広島カープ一筋だった天才打者、前田智徳は引退しました。1990年に入団してからは激動すぎるプロ野球人生にカープファンのみならずその生き様に惚れるなど男前田を尊敬する人も多いです。
なぜ、前田智徳は天才天才と言われているのでしょうか?
落合、イチロー、長嶋茂雄に天才と呼ばれた
長嶋茂雄が「彼は文句なしで天才」と語るほど前田智徳が天才と言われた理由は多すぎて紹介しきれない面もありますが有名な理由として、天才に認められた天才というものがあります。
落合博満がまだ現役時代にこんな言葉を言わせています。
「天才は俺じゃない。前田だよ」
さらに、左打席を本職としているまだメジャーに渡っていなかった福留孝介や森野将彦らに「真似していいのは前田だけ。前田だけを見習え。彼の打撃は1年中見ていたい」と語り、手本として選手名を挙げたほど落合博満が心酔した選手です。また前田選手も落合博満の事は尊敬しているそうです。
また安打製造機イチローにも野球選手として尊敬されていて、イチローが何故背番号51をつけているか知っていますか?
元々イチローはプロ入り前に憧れのプロ野球選手を聞かれた際に日本ならカープ前田智徳、メジャーならシアトル・マリナーズのケン・グリフィー・ジュニアと答えていて、プロ野球に入団したばかりの野手は高い番号をつけられる事から憧れていた前田智徳が入団当時つけていた『背番号51』を与えてもらった可能性が高いんです。
球団もイチローの好きな選手を考慮して背番号決定したのかは分からないところですが、これも有名なエピソードですね。
その他にも、巨人原監督も彼はバッティングセンスの次元が違う、松井秀喜も日本球界で一番優れた打者かもしれません、星野仙一も天才としか言い様がない、江川卓も天才と呼べる数少ない選手の1人と、球界のレジェンド達も口を揃えて絶賛する選手です。
ファンも選手も魅了するかれの凄さはプレーや言動にも見られました。
結果が良くても納得できないとダメ
1992年9月13日の巨人戦。前田智徳は5回裏の守備で打球を後逸してしまい、同点に追いつかれてしまう。その試合で好投していた北別府の勝利投手の権利を消すプレーでもあった。
8回表のカープの攻撃で2ランホームランを放ったがグラウンドを回る前田の瞳には涙が光っていました。理由はミスを取り返さないといけない6回表にセンターフライに倒れてしまったことを嘆いていたからだ。
あそこで打てなかった僕は本物ではないと自分を責めた。
前田語録はまだある。理想の打球は?の質問を受けた際、「ファールならあります」と常人には理解できないバッティングへのこだわりを持っています。
そして前田と言えばアキレス腱断裂。1995年5月23日のヤクルト戦のことだ。神宮球場で一塁ベースを駆け抜けた際にブチっと脳にハッキリと聞こえる奇怪な音が鳴った。右アキレス腱を断裂。約1年間のリハビリ生活を送るなかで、「もう前田智徳というバッターは死にました」、「もう片方のアキレス腱も切りたい」など前田節を披露。
公式戦ではできないが、こんな一幕もあった。オープン戦で3球三振に倒れた時に語った言葉がある。「打つ気にもならん。あんな球プロの投げる球じゃない」と険しい表情で話すなど怖いと有名だった彼はこういう言動があったからだ。
変わり者とも見られる前田選手だったが、彼の生き様を尊敬する人は多く、現在はその怖さも影を潜めプロ野球解説者として活躍している。
前田智徳と顔が似ていると言われるカープのキャッチャー會澤翼も恐縮しているが、いまはそこまで怖くはないと思います。
天才と言われた理由の有名なエピソードの紹介でした!